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「バレエ王国・名古屋」再興へ 期待膨らむコラボ公演
コロナ禍も影響して、名古屋のバレエ団でも単独公演の難しさが増している。そんな中で注目されているのが、オーディション選抜のダンサーや気鋭の振付家らが所属団体の垣根を越えて集う合同公演やコラボレーション作品の上演だ。2023年も、内容の濃い3公演が大規模会場で催され、爽やかな才能の躍動が観客の目と心をたっぷり楽しませた。陰りが見える「バレエ王国・名古屋」だが、再興への期待を大きく膨らませたのである。
(まとめ:桐山 健一)
精彩放った新進のソロ、群舞
グラン・ドリーム・バレエ・フェス2023
上野水香、中村祥子、名古屋出身の近藤亜香ら国内外で活躍する人気プリマをゲストに迎え、東海地方の未来を担う新進ダンサーらがソロや群舞などで共演したのが「グラン・ドリーム・バレエ・フェス2023」(10月、愛知県芸術劇場大ホール)だ。出演は総勢181人、協力バレエ団・スタジオは実に64団体、ほぼ満席の観客は2日間で約4200人。主役陣の華やかなパ・ド・ドゥはもちろん、優美なソロや調和のとれた群舞も精彩を放ち、客席を幸せな空気で包み込んだ。
(中央奥が振付の松岡璃映さん)
上演したのは「ラ・バヤデール」「パキータ」など4作品の名場面。振付は梶田眞嗣、徳山博士、松岡璃映、市橋万樹と、今後の当地舞踊界を背負って立つ実力派。構成と展開が明快で、姿形や身体の表情が個性的な出演者の魅力を発揮させながらもアンサンブルを際立たせる工夫にも富んだ。
このフェスは東海テレビ放送の主催で2回目。コロナ禍まっただ中で舞台公演が減少していた2022年2月に初演し、観客動員が危ぶまれたにもかかわらず2日間で約4000人も来場。横断的な結集による意義深い公演は中身の充実度も高く、出演者や振付家は当然ながら、観客からも再演を望む声が数多く集まり、新たなプログラムでの上演が決まったという。
陣頭指揮を執ったのは加藤昭宏・事業局ゼネラルプロデューサーだ。東海テレビ放送は「国際的な舞踊芸術の名古屋発信」を合い言葉に、「世界バレエ&モダンダンスコンクール」を1993年の第1回から2005年に愛知万博会場で開会式を行った第5回まで開催。セミオノワや上野水香、コジョカルらのほか、名古屋で精励した平山素子や米沢唯ら数々のスターダンサーを世に送り出した。この洋舞史に残る偉業に一貫して携わることでバレエへの深い知識と幅広い人脈を積み重ねた加藤が、新たに「地元に根差したバレエの祭典で新進の育成を」と企画・制作したのがこのフェスだ。難問山積の公演を2度にわたって成功させたのだから、当地舞踊界の活性化に大きく貢献したのは言うまでもない。
若いダンサーにとって、高い技巧と表現力を発揮する一流ダンサーや先輩と共演できる生の舞台は、想像以上の実力が身につく。まして、憧れのプリマと同じ舞台を「生きた」という貴重な体験は何物にも代えがたいはずだ。数々の収穫と自信を得て思いのほか成長したことだろう。
清新な人選で輝く愛と成長
日本バレエ協会中部支部「シンデレラ」
日本バレエ協会中部支部主催公演「シンデレラ」(3月、日本特殊陶業市民会館フォレストホール)は、参加バレエ団が23団体、出演は約100人。再振付の松岡璃映と市橋万樹は、心優しく健気な少女が愛を支えに成長していく物語を簡潔な構成と緩急に富む展開で描き、エスプリの利いた幸せな結末を輝かせた。
同支部が主催する全幕物の合同公演は、過去には主要な役が実績や発言力のある大手バレエ団に偏っている印象が強かったが、今回は主役から群舞までの全役を出演ダンサーの技巧や表現力と個性を重視して選んだという。結果、中規模バレエ団の新人らも目立ち、初々しい踊りで紡ぐファンタジーが映えた。「はかなく美しく品がある」とシンデレラ役に選ばれた池下みのりは、柔軟な身体に音楽を取り込んで伸び伸びと空間を支配し、舞踏会への憧れや愛の喜びなどの心象を繊細に表出した。意地悪な義姉妹の御沓紗也と高橋莉子は安定した技巧でコミカルさを発揮し、仙女の鈴木花奈や冬の精の川瀬莉奈らも情感豊かにリズムを刻んだ。洗練の群舞には勢いもあり、時計の精を踊る子どもたちは愛らしい。清新な人選が心躍る舞台を現出させたのである。
古典の名作に新たな生命力
BALLET・NEXT「Swan Lake」
「名古屋を中心に活動するダンサーたちが所属を問わず大舞台に立てる環境を作りたい」。こんな趣旨のオーディションシステムの登録制カンパニー「BALLET・NEXT」(福田晴美代表)は、「Swan Lake」(1月、刈谷市総合文化センター大ホール)を上演した。「死後の世界を旅する白鳥と王子」をテーマにした小説の執筆に悩む青年と亡き恋人との現実世界と、人気バレエ「白鳥の湖」の幻想世界を交錯させた物語。機知に富む構成で深遠な愛憎をダイナミックに表出し、古典の名作に新たな生命力を注いだ。出演は山本恵里菜、野々山亮、内藤瑞希、梶田眞嗣ら50人超。配役も公平にチャンスが得られるオーディションで、魂の鼓動を力強く息づかせる主役級、役の個性を丁寧に表現するソリスト陣、躍動美が際立つ群舞……と、魅力凝縮の踊りを万華鏡のように繰り広げた。
現代人の感性と共振する心理描写や演劇性が特徴の脚本・演出・振付は芸術監督の市川透だ。2005年の旗揚げ公演以来、三島由紀夫の小説世界の輪廻転生観をベートーベンの音楽に乗せて描いた「春の雪」や、児童文学の名作「フランダースの犬」が原作の「A Dog of Flanders」、近松門左衛門の心中物と歌劇「カルメン」に想を得た「落葉と薔薇」など伝統と革新を織り交ぜた意欲作に挑戦し、観客の心を的確につかんできた。2024年1月6、7日には、映画「エレファント・マン」を題材にして「人間らしく生きるとは」を活写した悲しき少女の物語「INNOCENT GRAY」を名古屋市芸術創造センターで再演する。
踊れる喜びで弾む舞台
〝原石〟磨く丁寧な指導
3公演に共通して印象的だったのは、ダンサーの誰もが踊れる喜びを全身からあふれさせて舞台を弾ませていたことだ。伸びやかな跳躍や回転は、人間の身体は鍛えればどこまでも美しくしなやかに、強くて俊敏になることを証明するかのようでもあった。磨けば光るスター候補の〝原石〟たちは励まし合い、刺激し合いながら、日々の厳しい稽古に汗と涙を流している。華やかな舞台を鑑賞する度、その裏で血のにじむような努力を重ねている様子が想像できるから、感動も倍増なのだ。
「シンデレラ」と「パキータ」の振付を手掛けた松岡璃映は、出演者全員に「作品に関わることの大切さを自覚し、プライドを持って踊ってほしいと求めた」と語る。個性を生かしながらも、統一と調和が最大限発揮できるよう手取り足取り、微に入り細をうがって指導したそうだ。そして「稽古や本番の中で著しい成長を実感できたのがうれしい。終演後に『楽しかった』と言ってくれて、将来プロの道に進みたいと思ってくれる子が一人でも現れれば、振付家冥利に尽きる」とも。
若手の人材育成が原点
観客層拡大にも拍車を
単独で全幕バレエを上演できるバレエ団やバレエスタジオは、当地にはまだまだ多くはない。結果、才能のある若いダンサーや振付家が芽を出せないで埋もれてしまってきたのも現実だ。資金難や男性ダンサー不足などで単独公演が厳しい中、複数バレエ団のコラボレーションは「今後増えていくのは必至。生の大きな舞台、とりわけ全幕作品なら(美術、照明、音響、衣装などの)若いスタッフの育成にもつながる」と松岡や加藤は語る。「ダンサーや振付家の『今』を最大限輝かせるのが我々の使命。壁を取り払った協力の強化が求められるし、内容の充実も不可欠」と話すバレエ団主宰者も少なくない。
決意も新たにしのぎを削るダンサーたちが、高度な技巧と表現力を習得して大きく羽ばたき、多くの振付家が斬新な意欲作への挑戦で実績を残すのを期待している。舞台に関わる全ての人材育成こそが舞踊界の隆盛への原点だし、個々のバレエ団やスタジオの底上げにもつながるのは間違いない。
加えて、完成度の高い作品の上演でバレエ芸術の魅力を積極的に発信し、幅広い層の人々が公演会場に足を運ぶ環境を作る努力にも拍車をかけてほしいと願っている。熱心な観客の「温かくも厳しい目」が、舞台人を鼓舞して「大きく育てる力を持っている」と信じて疑わないからである。(文中敬称略)
※写真はいずれも杉原一馬氏撮影
