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- 読書環境の悪化に歯止めを。│古田 一晴 さん

ちくさ正文館書店本店店長
ふるた かずはる古田 一晴 さん
1952年名古屋市生まれ。74年にちくさ正文館書店にアルバイトとして入社して以来、本店に勤務。大学を卒業した78年に正式に入社し、現在に至る。2023年7月ちくさ正文館書店閉店。
読書環境の悪化に歯止めを。
2023年7月末、ちくさ正文館書店本店は最終営業を終了。6月末に閉店を正式発表してからは、日を追うに従い急増する、長く支えてくださったお客様からの熱いメッセージに感謝する日々を過ごした。それと並行して、業界誌、マスコミ等からの取材が集中。同じ紙媒体なので、出版界の縮小(例えば雑誌はピーク時の97年比で30%強程度の売上)は共通の危機感であり、シリアスな論調にならざるを得なかった。先日、文部科学省が公表した「21世紀出生児縦断調査」の21歳を対象にした読書調査に失望した。月に1冊も書籍を読まない層が62.3%(ちなみに1冊のみと答えた人を加えると82%にも上る)。電子書籍ではそれを上回る78.1%が1冊も読んでいないとの回答だったのは意外であった。出版界の苦戦に対する希望と思われる電子書籍だけに、未来の展望をどこに求めればよいのか、暗たんたる結果であった。
私はアルバイトの数年間を合わせて、約50年ちくさ正文館書店本店に在職。閉店前後、脳裏に様々な時代の局面が去来する。しかし、接客時のエピソードや、自分が携わった企画など、すでに思い出と化している遠い記憶を総動員して、いくら自分のことを語っても納まりがわるい。私は閉店作業に追われ肝心なことに気付かなかった。創業者の故・谷口暢宏社長がなぜ1961年12月に人文書・文芸書の専門店を開業したのか。開店当初の記録写真は知ってはいたが、改めて見直してみる。そこに写りこんでいたのは「筑摩書房ブックフェア─人間としてその根源的問いの中から」「日本の詩歌」(中央公論社)「太陽」(平凡社)「現代日本文学館」などの案内看板。店正面入口上の壁面に大きく展示されている。店内右壁面の棚の一部は11段にもおよび、三島由紀夫の『暁の寺』(新潮社)も確認できる。それに比べ雑誌コーナーは見当たらず、雑誌は散見するのみ。1954年に雑誌の売上が書籍を追い抜き、1975年~78年を除き、2016年に再逆転するまで、出版界は雑誌の大きな伸長で経営が安定し、書店は支えられてきた。生家が正文館書店(名古屋市東区東片端町・1918年創立)という環境を考えれば谷口社長がそれを知らぬわけがないのに、雑誌は「世界」(岩波書店)だけでよいという谷口社長の逸話が残っている。おそらく何年も前から店の構想を練っていた熱い想いが、その写真から伝わってくる。生前に直接聞いておくべきだったと悔やまれてならない。
かつて谷口社長が発行していたPR誌の「千艸」第7号は、正文館書店から「古今和歌集新釈」(1929年)をはじめ6冊を刊行した国文学者山崎敏夫先生の特集号だった。塚本邦雄先生、桜井好朗先生が寄稿されている。谷口社長の理想の本屋像が垣間見られる。
