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- 伝統芸能の未来│杵屋 六春 さん
伝統芸能の未来 ~名古屋のこれからを牽引する継承者たち~
芸どころと呼ばれる名古屋には、様々な伝統芸能が現在に至るまで継承されてきた。そうした伝統芸能を基軸に、名古屋の魅力を広く発信するイベント「やっとかめ文化祭」が今年で11年目を迎えた。筆者も「まちなか芸披露」はじめ多数のイベントに参加。また近年は、伝統芸能だけでなく、新しい感性によるコラボレーション公演も盛んに開催され、伝統芸能の未来を牽引する若手の皆さんとのご縁に恵まれた。その方々を中心に、当地の伝統芸能がどのように受け継がれているのかをご紹介したい。
(まとめ:杵屋 六春)
やっとかめ文化祭でもおなじみ 狂言界の継承者たち 和泉流野村派の後継者 野村信朗さん
はじめに紹介するのは、和泉流野村派の後継者野村信朗さん。初舞台は3歳。お祖父様(故・十三世野村又三郎さん)、お父様(十四世野村又三郎さん)から、物心つく前から指導を受けてきた信朗さんにお話を伺いました。
「私の好き嫌いなど差し挟む余地もなく、当然 のこととして稽古を重ねてきました。中学に入り、周囲に目を向けられる年齢になってみると、学校の友人をはじめ、自分の周囲に同世代の能楽師の交流の場がなく、同じ道を志す仲間と接する機会に恵まれませんでした。学校教育の中でも能楽が取り上げられることは少なく、友人達にとって能や狂言が身近なものではないのではと悩んだ時期もありました。高校を卒業し、東京藝術大学(以下、「東京藝大」)に進学して伝統芸能を志す仲間達に出会いました。そして、出身地などに関係なく、熱意をもって努力する仲間の姿に希望を見出すことができました。名古屋に戻った今、一番の課題は若手の育成です。自身がまだ若手の身で、そんなことを考えるのは時期尚早とのご指摘をいただきますが、若いからこそ、幼い子ども達と距離が近いという利点を活かして、次世代への橋渡しをしたいと考えています。伝統芸能は厳しい時代を迎えていますが、未来に繋げていけるよう精進します」
和泉流山脇派 狂言共同社の次世代の旗手 井上蒼大さん
幕末、明治維新の混乱期の名古屋狂言界を支え、現在に受け継いできた和泉流山脇派の狂言共同社。設立以来続いている、井上菊次郎家の五
代目、二世井上松次郎さんを父 に 持ち、狂 言師として本格的に活動を始めた蒼大さんにお話を伺いました。
「中学生になり、本格的な修業が始まると、それまでは子方として許容されていたことも数段厳しく指導されるようになりました。反抗期も重なり、やる気を失った時もあり、狂言を続けるべきか悩みました。有難いことに舞台に立ち続けたことで、深く考えずに気持ちを切り替えられたと思います。今後はこれまで演じたことのない演目に挑戦し、技術の向上に取り組みます。父ともども狂言の普及活動を続けていきたいと思っています」
日本舞踊五條流の気鋭 五條園小美さん
五條園小美さんは幼少期に日本舞踊を習い始めたことがきっかけで芸の道に進んだ新進の舞踊家です。活躍著しい園小美さんにお話を伺いました。
「幼い頃はおとなしい子どもでした。バレエにも興味があったのですが、祖母の勧めで、カルチャーセンターで講師をしていた五條園美先生に入門しました。母に連れられ、歌舞伎を観劇することも多く、日本舞踊に親しみを感じていたので自然に受け入れられました。中学受験時に一度休みましたが、『京鹿子娘道成寺』を舞ったことを契機に、本格的に舞踊の道を志しました。金城学院大学に進学し、日本舞踊部を立ち上げ、部長として園美先生の助手を務めました。先生の勧めもあり、卒業後は単独で部を指導しています。多い時は20人を超えた部員も、コロナ禍の影響で今は少し減っていますが、卒業してからも日本舞踊を続けてくれる人もいます。一番嬉しかったのは、親友が名取になり、身近で支えてくれることです。今後は後進の育成に加え、若い世代や海外の方々にもSNSなどで情報を発信するなど、愛好家を増やすべく舞っていきたいと思っています」
右1番目・平家の兵役 工藤彩夏さん
家元継承者として流派を盛り立てる 工藤彩夏さん
日本舞踊工藤流家元の家に生まれた宿命として、日々の稽古が必然の生活を彩夏さんはどのように受け止めているのだろう。率直に語っていただいた。
「上手に踊ることができて当然、普段は優しい父(工藤流四世家元工藤倉鍵さん)が稽古になった途端に厳しくなることがとても嫌でした…。厳しさのあまりお花屋さんになりたいと現実逃避したこともありましたが、後継者となった今は、その重責を痛感し精進しています。工藤流が大切にしている立役や三枚目の演目を門弟に伝えるべく毎日稽古に励んでいます。コロナ禍以降、厳しい状況が続いていますが、未来の担い手である子ども達に日本舞踊の楽しさを伝え、入門者を増やすことで裾野を広げていきたいと思います。また、多くのお客様に日本舞踊の魅力に触れてもらう鑑賞機会を増やしていきたいと考えています」
邦楽演奏家の若手も続々と登場
長唄・杵屋喜多六さんのご令孫で、現在、東京藝大在学中の長唄唄方の杵屋神威さん、同級生で東音山田卓さんのご子息、長唄三味線方の山田晧さんにお話を伺いました。
―長唄を職業にしようとしたきっかけは。
神威さん「長唄が楽しい!これが全てです。祖父や母(杵屋喜鶴さん)に強制されたことはありません。この楽しい長唄を生業にして、素晴らしさを皆さんに伝えたいとプロを目指して勉強中です」
晧さん「従兄が東京藝大の邦楽科に進学したのをきっかけに、同じ舞台で演奏したいと思い進学しました。大学で同世代から刺激を受け、プロになる自覚が湧きました」
お二人に未来の展望を伺ったところ、同様に「趣味として始める人たちを増やすのが、最初の一歩だと思っています。そのために体験など敷居の低い取り組みで、少しずつでも長唄を愛する人を増やしていくことが願いです」と語っていただきました。
椙山女学園大学附属小学校の三味線セミナーで長唄を始めた皆さん
椙山女学園大学附属小学校ではアフタースクールで長唄の講座があり、令和5年の最年少は小学2年生。その後、大学生や社会人になっても継続している参加者も多くいます。そこで、参加者の皆さんと、指導にあたる杵屋三太郎さんにお話を伺いました。
現在、大学生の吉川乃愛さんは「やっとかめ文化祭や、地域のお祭りなど身近なイベントで長唄三味線の魅力を知って身近に感じてもらえたら嬉しいです」と話してくれました。三太郎さんは「礼儀などの基本は大切にしつつ、生徒たちが今日も楽しかったと笑顔で終えられる楽しい稽古を心掛けています。敷居が高いイメージの伝統芸能ですが、学校教育に取り入れてもらい、子ども達が触れるきっかけをつくることができれば、魅力に気づく人は必ず出てきます。それが、伝統芸能の未来の担い手を増やす糸口になるはずです」と語っていただきました。
まとめにかえて
伝統芸能の道に進むきっかけは、家業であったり、習い事や学校教育であったりと人それぞれ。筆者も名古屋音楽大学の学生で結成した「めいおん長唄三味線ガールズ」を指導していますが、そうした学生の中から、次代を担う演奏家が登場することを期待しています。今回は、やる気に満ち溢れ、将来を見据えて積極的に活動する継承者の皆さんに接して、「芸どころ名古屋」の明るい未来を確信することができました。
