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随想

衣裳

こば えりか

木場 絵理香 さん

1984年、劇団きまぐれ入団。87年、金城学院大学短期大学部被服科卒業。89年、名古屋モード学園中退。金城学院大学の卒業生で結成した劇団きまぐれの公演衣裳デザイン・製作をはじめ、名古屋を拠点に多数の演劇、オペラ、ミュージカル等の衣裳デザイン・製作を担う。

「衣裳さん」というスタッフ仕事

 今春、京都南座、東京サンシャイン劇場で上演された、松竹製作『歌うシャイロック』(作・演出:鄭義信)という演劇の「衣裳」を担当し
ました。出演者は岸谷五朗さんや真琴つばささん、小川菜摘さんら錚々たる顔ぶれ、スタッフも東京の第一線で活躍されている方々です。演出
の鄭さんとは度々仕事をご一緒させていただきましたが、これほど大規模な公演は初めてでした。演出の意向を基に、キャストもスタッフも一人一人が、お客様が満足する最高の舞台を創り上げるべくベストを尽くし、素晴らしい舞台ができ上がりました。私も衣裳デザインという仕事に集中でき、満足のいく仕事ができたと自負しています。それは衣裳という仕事の中の、縫製、調達をしてくださった松竹の衣裳さん、管理、着付けなどのランニングスタッフの皆さん、履物担当さん、帽子担当さん、ヘアイメイクさんと各部の助手の皆さん15名以上のチームの皆さんのお蔭です。本来あるべき分業の中でも、互いに切磋琢磨していることにとても感動しました。この現場で印象的だったことは、制作・プロデューサーをトップとしたシステム(指示、判断、対応などの経路)が的確で、ストレスを感じることなく仕事が運んだことでした。

 16歳の時、東宝初演のミュージカル『ピーターパン』を観て舞台スタッフに憧れ、23歳の時「スタッフで食べられるようになる」という先輩の言葉に誘われて、名古屋市文化振興事業団のミュージカル公演にスタッフとして参加しました。それ以来、なんとかこの道で生きてきた私が名古屋で仕事をする時に思うことは、名古屋の現場には、確実に仕事をこなせる制作、プロデューサーが不足しているということです。もちろん私のプランを優先し、劇団内で分業し、観客の皆様のために努力してくださる劇団もありますが、ほとんどの現場では衣裳担当が、履物、持ち道具、下着の世話まで担わなければなりません。それらをやりたくないということではありません。ただ現在私が置かれているこのような状況下では、後進が続いていかないのではないかと懸念します。私はこれからもただただお客様にどう見せるかということに集中し、仕事に向き合っていきます。私の舞台スタッフとしてのスキルの半分は、名古屋市文化振興事業団に育てていただいたものです。今後は、本腰を入れて、将来の名古屋の現場を担うプロデューサーを育ててみてはいかがでしょうか? なんちゃって…。