TOP
視点

まちなかを文化芸術の入口に 〜伝統芸能への市民参加と地域のお祭り〜

 “公募で集まった市民が、プロの演出家や俳優とともに一つの舞台をつくる”私自身はその経験がきっかけで、歌舞伎、そして常磐津節の世界を志した。「きっかけ」は「まちなか」。誰もが文化芸術と出会える入口を、地域のお祭りに焦点をあてて紹介したい。

(まとめ:常磐津 綱鵬)

市民参加が人生を変えた

 1996年、当時中学生だった私は、毎年開催される「名古屋まつり」でオーディションによる市民ミュージカルに参加した。ミュージカルが大好きだった私のために、母が募集のチラシを見つけて応募してくれたのだ。ごく普通の中学生だったが、名古屋の演劇界で活躍する演出家の故・齋藤敏明さんや、衣裳の木場絵理香さんらスタッフ陣をはじめ、多くの大人たちと同じ舞台に立てたことが嬉しかった。栄の真ん中で多くの観客に囲まれながら舞台をつくる経験は、中学生の少女の中に、また舞台に立ちたいという熱い思いを灯した。

 翌年の名古屋まつりの「市民KABUKI」には自分で応募し、参加。指導・監修をしてくださった名古屋むすめ歌舞伎の皆さんによる「Si Si Si Kabuki」は、歌舞伎の名場面を織り交ぜながら複数の花道を使った斬新な演出で、多くの観客を魅了することができた。高校1年生だった私は、祖父が見せてくれた歌舞伎のビデオを見たことがあるという程度。伝統芸能にはほとんど縁がなかったが、この舞台をきっかけに、私は歌舞伎を学びたいという夢を持つようになった。今では歌舞伎の一環として学んでいた常磐津の道を歩んでいる。もしあの時、市民参加の舞台がなかったら、今の私は全く違う人生を送っていたかもしれない。

1997年 名古屋まつり 市民KABUKI「Si Si Si Kabuki」

お祭りは文化芸術の入口になる

 名古屋の歴史や文化の魅力を発信するイベント『やっとかめ文化祭DOORS』(2026年10月17日~11月15日)が今年14年目を迎える。市内まちなかに特設ステージを設け、狂言やストリート歌舞伎、箏曲や尺八の演奏など、誰もが気軽に伝統芸能に触れられるイベントである。老舗料亭で名古屋の芸妓の舞を鑑賞する「お座敷ライブ」や、文化祭を楽しみながら運営のサポートや情報発信を担う「やっとかめ大使」を市民から募集するなど、多彩な取り組みを続けている。

2022年 やっとかめ文化祭「はじまりの音」(アスナル金山)

 2022年のやっとかめ文化祭で香川絢子さんが監修された企画「はじまりの音」では、障がいがある、なしに関わらず書道家、太鼓奏者、ハープ奏者、ダンサーに道化師、学生など、国籍や年齢も様々に多様な表現者たちがフラッシュモブ(※)を披露。さまざまな楽器の音色や歌声に合わせて、新聞紙や生花を使用したパフォーマンスなどで観客を沸かせた。文化芸術のプロも市民も垣根を越えて、その場を盛り上げ、楽しむことに夢中になっている、そんな光景が印象的だった。ただただ、楽しく人と人がかかわれるというのがお祭りの良さなのだろう。そんなお祭りという親しみのある文化に、伝統芸能の要素を取り入れることで、一層、身近に感じてもらえたら良いなと思う。

子どもたちと伝統芸能のかかわり

 近年続く名古屋市の劇場の閉館で、文化芸術の後退を危惧している。また物価上昇の影響で文化施設の使用料も値上げを余儀なくされ、利用者にとって厳しい状況となっている。市民が文化芸術に触れる機会がまた一つ遠くなってしまうのではないかと心配している。

 2014年頃まで市内のとある中学校で三味線の非常勤講師を務めていた。そこではピアノには触れたことがあっても、三味線は見るのも触るのも聞くのも初めてという生徒ばかり。初めて自分で弾く三味線の音、糸をおさえる指の感覚。初めは緊張した面持ちだったが、触れていくうちに自分で奏でる音を楽しむ姿が見られた。子どもたちにとって貴重な経験であるし、授業がきっかけで、もっと学びたいという子も出てくるかもしれない。今後もずっと続けていきたいと思っていたが、時代とともに三味線の授業はなくなってしまった。あれから12年。あの時の三味線18挺は今も中学校にそのまま眠っているのだろうか。

中学校での三味線授業

地域とお祭り

 私の住んでいる名古屋市中村区では夏になると盆踊り、秋になると子ども太鼓や子ども神輿が行われる。太鼓が鳴り、音楽にあわせて踊ったり声を出したり、人と人の触れ合いが間違いなく存在している。また、上手い、下手は関係なく、大人も子どもも「楽しむ」ということが最も重要だ。そこには芸術、芸能、文化がうまい具合に混ざり合っているように思う。

今も続く町内の子ども会の「子ども神輿」

 祭りや神輿、盆踊りは運営が大変だからとやめてしまう地域も多いと聞くが、この辺りの地域にはまだ残っていて、それは本当に有難い。続けてくれている人たちがいるということであり、実は支えているのは定年退職後の60代、70代の地域の方がほとんど。「若い人は?」と聞くと「今の若い人は忙しいからねぇ」という。地域に今も残る文化を無くさないためにも、次の世代へバトンを繋いでいかなければならない。その忙しい若者たちをどのように巻き込んでいくかが課題ではあるが…。

 世代を超えるコミュニケーションの場として、地域で活動する人たちが互いに励まし合い、お祭りを「子どもたちのために続けよう」と支え合うことができれば、その活動は1年、2年と続き未来へつながっていくのだと思う。もし運営に参加するのが難しければ、お祭りに参加することから始めてほしい。

 2025年、清須市の美濃路沿いの町内会では、子ども会がなくなってしまった町内に、新たに盆踊りや子どもが楽しめるキッズ祭りを企画した。はじめは難しいと懸念されながらも、いざ動き出したら、町の人たちが協力してくれた。神社会の許可を得て、神社とその横の草がぼうぼうに生えた公園を会場とした。子どもが来ても危なくないよう草刈りや木の枝の回収を、大人たちが汗だくになりながら取りかかった。近所の家々にもチラシを持って挨拶して回ると、「応援しているよ!」と励みの声をかけてくれた。どれだけの子どもや町の人が来るか未知なる祭りに向けて。

 お祭り当日。子どもが楽しめる紙芝居や手持ち花火、 櫓やぐらもない盆踊りにキッチンカーと町のお店。公園は見違えるほどの人とお店でいっぱいになった。たくさんの人たちが、浴衣を着て家族や友達同士で集まってきてくれた。実行委員会の皆でその光景を見た時、嬉し涙が出た。自分が子どもだった頃は近所のあちらこちらで、盆踊りが開催されていた。あの時の楽しかった思い出が蘇った。今年も開催を熱望されている。

2025年に開催した第1回美濃路キッズ祭り(清須市)

次の世代へ灯をつなぐには

 最近は学校の授業でもタブレットを使用している。赤ちゃんですら、お母さんやお父さんではなく、スマホとコミュニケーションをとっている。そんな親も赤ちゃんではなく、スマホを見ている、なんて姿を見かけることがある。学校でも家でも外でも、画面越しに人とのコミュニケーションをとることが主流になってきている。果たして本当にそれで良いのだろうかと常々思う。人と人がかかわって、その場を楽しむこと。それがいつも身近にあれば…。30年前、市民参加の舞台が私の人生を変えたように。架空ではない実体験の機会がまちにあふれ、人と人との出会いが誰かの未来を変えるかもしれない。

 忙しい若者を巻き込むお祭りが無理なく続き、子どもたちが集う。そんな風に地域やまちなかが文化芸術の入口となり、プロと市民をつなぎ、未来の担い手を育てる場所であってほしい。名古屋が、そんな可能性あふれるまちでありますように。スマホに目を落とさず、地域に目を向けるため、みんな顔を上げていこう。

  • ※事前に打ち合わせた参加者たちが、公共の場で突然行うパフォーマンスのこと。