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現代美術家
うえまつ ゆりか植松 ゆりか さん
物語を紡ぐ
瀬戸市を拠点に活動している現代美術家の植松ゆりかさん。
2026年7月18日~8月30日に現代美術レジデンスプログラム『お盆の針仕事―蚕の里帰り―』が開催された。その展覧会に伺い、解説いただきながら幼少期の体験などをお聞きした。
(聞き手:設楽 陸)
− どんな家庭環境でしたか?(お話しできる範囲で)
私は信仰深い両親のもとで大切に育てられました。小学校にあがるまでは自宅保育でしたので、家の中で見聞きしたものが全てでした。唯一、隣家の幼馴染とは遊ぶことができたので、その子の家とは少し違うなとは感じていましたね。小学生になるといろいろな情報が勝手に入ってくるので、感じていた疑問がだんだんと膨れていく感覚がありました。
(2024年)
家には普通の絵本2冊ほどと「聖書絵本」しかありませんでした。「聖書絵本」はノアの箱舟の話で、そこに出てくる鳩が平和の象徴とされていて、それが当時あまり納得がいかなかった記憶があります。大人になり、反旗を翻した革命の証としての作品を作ろうと「虹色の鳩」を作り、それからモチーフにしています。
祖母だけは信者ではなく、よく一緒に過ごしました。とてもクリエイティブな人で、手先が器用で縫い物をよくしていて、その様子を見るのが楽しかった。今の私があるのは、祖母の影響が大きいと思います。私の「めをあけてねて」という作品は、昔、祖母と一緒に寝る時に、私が祖母に「私より先に寝ちゃうとつまらないから、目を開けて寝てね」って言った言葉なんです。祖母は私にとっての救いでもありましたね。
小学4年生の時に祖母が亡くなった後は、ずっと葛藤していました。悩み抜いた末に中学生の頃、1年間ほど両親と話し合いを続けて、私は宗教を脱退しました。こうした経験は作品を制作する上での土台になっていると思います。ただ、両親は私のことを大切にしてくれていましたし、否定したいわけではありません。作品にすることで自分自身の葛藤を整理しているんだと思います。
−美術大学(美大)へ進んだきっかけは?
美大へ行きたい気持ちはあったけど、あまり賛成されなかったので、「高校卒業後は椅子職人に弟子入りしよう」と全国の椅子のリペア職人さんへ片っ端から電話しました。根拠もなく、「椅子を作れる人なら何でも作れる」と思い込んでいたからです。高校3年生の夏休みに試しに1週間受け入れてくれる工房へ行ったものの、聞いていた話と違い、「弟子を雇う気はない」と帰されて。挫折してボロボロになって帰宅しました。その姿を見た両親が不憫に思ったのか、美大進学を認めてくれたんです。実家が静岡なので両親が安心する、と考えて名古屋造形芸術大学(現:名古屋造形大学)の総合造形コースに進学しました。
大学では先生に評判が良いわけでもなく、課題制作をひたすらこなしていた感じです。辛かったのは、1人暮らししていたアパートで覗き被害にあって。半年間ずっと壁や窓に新聞紙を貼るぐらい怖かった。だんだん腹が立ってきた反面、私が悪かったんじゃないか、隙があるからじゃないか、みたいな変な感覚になってしまったんです。卒業制作の「リカちゃんハウス」はその時の経験をもとに作りました。簡単にいうと大きなハンドバッグを開けると寝室と階段があって、階段側の覗き穴から見ると寝室の中で半裸の女性がのたうち回っている作品。覗かれてる側は被害者だけど、見せていると考えたら加害者でもある。覗いている側(観客)は加害者だけど、見たくもない様子を見せられていると考えれば被害者でもある。加害者と被害者が同列になる作品を作ってみたかったんです。怖かった経験を作品にしたことで、不思議なくらいすっきりしました。作品を褒めてくれる人もいれば、辛辣なことも言われました(笑)。
大学卒業後は「お金をしっかり貯めてレジデンス(※)に行くぞ」と思って映像関係の会社に就職したのですが、とてもハードワークで。作品を制作する時間がとれず心を病んでしまい辛かったです。結局、3年程で退職しました。
−個展を開催した経緯などを教えてください。
撮影:城戸 保
2023年に、長野県岡谷市でシルクの歴史や産業などの地域資源に触れ、シルク関連の作品を制作するプロジェクト「岡谷シルク アーティスト・イン・レジデンス」に参加しました。そこで初めて蚕を使用したぬいぐるみを制作し、その後も絵本や立体作品など蚕をモチーフにした作品を発表してきました。
美濃加茂市は養蚕が盛んだったため、今回の個展会場である、みのかも文化の森/美濃加茂市民ミュージアムでは、養蚕をテーマにした民具の収蔵品展を毎年開催しています。また、2009年から継続して参加している、森で実験的な表現を試みる「野外研究」(現:みのかもannual)では、毎年作品展示を続けてきました。そのご縁があり、今回の個展「お盆の針仕事―蚕の里帰り―」に繋がったんだと思います。
−蚕という存在に惹かれた理由は何ですか?
蚕は人間に美しい糸を供給し続けるために品種改良されて生涯を家畜として飼育され、その代償として命や飛ぶことを失う存在であることに自分自身を重ねました。あと、繭は中に乾燥されて死んだサナギがいる状態で茹でられます。出来たてのまだ生きている繭はずっしりと重く、表面からその温もりを感じる。でも乾燥したらカラカラで軽くてあんまり生き物感がしない。その閉じられた繭の中で生と死の両方が存在してるんだと思うと、自分の作品と繋がっている気がします。
私の作品はよくカラフルでカワイイと言われますが、テーマが重いので、暗くなりすぎないようあえてやってるところがあります。そのまま出しちゃうと、見る側もきついと思うので。また、制作では、「両極にあるものを一つにしてフラットにする」ことを意識しています。テーマが暗ければ暗いほど、より可愛らしくしがちかもしれないです。
−今後の展望はありますか?
今回の展示がこれまでの蚕作品の一つの総括になりました。同時に「まだ作りたいもの」がたくさん見えてきました。今後は各地の養蚕文化などを調べながら、その土地ならではの物語をリサーチしてみたいです。例えば、同じ蚕でも地域によって歴史や信仰がまったく違うので、その違いを巡る「蚕アートキャラバン」のような形でこのプロジェクトを発展させられたら面白いなと考えています。
−最後に、なぜ作品を作り続けるのでしょうか?
正直、自分でもはっきり説明できません。でも、お金が本当に少ない時にも、作品を作れているって思うと幸せでした。作品を作ることで過去を受け入れられたり、人に歩み寄れたり、自分が少し前へ進めたりする。だから、きっと私はこれからも作り続けるんだと思います。好きになってしまったから、もう仕方がないんです。そう、もうしょうがないんです(笑)。
- ※アーティストが一定期間特定の場所に滞在し、その土地の文化や環境を活かして作品制作を行うこと。



