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視点

本がある場所で起きていること

 公共図書館とは別に、個人で自発的に本がある場所を立ちあげる人たちがいる。「マイクロ・ライブラリー」と呼ばれるそうした小さな図書館活動は、商店街や病院、学校などと連携を取ったり、カフェやコワーキングスペースの機能を持たせたりと運営スタイルはさまざまながら、今では全国で1500箇所以上の事例がある。近年、名古屋市内で新しく「本がある場所」を立ち上げた三組にお話をお伺いした。

(まとめ:黒田 杏子)

子どもたちと本好きの大人の居場所

 名古屋市名東区の「私設図書館もん」は本の閲覧、貸出のほか、カフェやレンタルスペースなどの機能も持つ。館長の土山昂也さんは、20歳代後半に本を通じて環境問題などの社会問題に触れたことを契機に仕事を辞め、ボランティアをしながら全国を旅をしてまわった。そのうちに少子化が進む中で自殺や不登校が増加している日本の子どもたちの状況に危機感を覚え「子どもたちのために何かしたい」と思うようになった。

 「私設図書館」という場所を知ったのは、旅先で訪れた本屋だった。高松市の古本屋「なタ書」で『子どもたちの放課後を救え!』※という本を購入したところ、広島県尾道市の私設図書館「さんさん舎」を紹介された。「僕が訪れた日は平日の昼間で、不登校の子どもとその親が店番をしていました。親子が絵本を読んでいたり、リモートワークをしている人がいたりと皆が自由に過ごしている様子がとても良かったんです。本は、知らない世界や、物語の世界に接続できる。僕自身も本に世界を広げてもらったので、そこに行けば世界や情報に接続できるような場所を作りたい、と思いました」。

土山昂也さん(私設図書館もん)

 そして2022年3月に現在の場所でオープン。偶然、近くに友人一家が住んでいたことも幸いし、当初から近所の子どもたちで賑わう場になった。本やコーヒーが好きな大人たちも噂を聞きつけ全国から足を運ぶ。現在は、カフェとレンタルスペース、棚貸し、一部の蔵書は販売もしているほか、サポートメンバーのシステムもあるが、運営資金は常に悩みの種だという。店内の左右の壁はぎっしりと並べられた本棚にぐるりと取り囲まれている。「本棚に並ぶ本たちが、この場所の自己紹介をしてくれています。あまり読まない子もいますが、子どもたちが当たり前に本に触れられる場所は必要だと思っています」。

 2年前からは共同で「じぶんのたね」という学校活動も始めた。「学校以外の選択肢として、子どもたちの学びと成長を支える活動をしています。その日何をするかは自主性に任せています。昼ごはんは子どもたち自身でメニューを考え、買い出しに行って調理します。大人はなるべく手を出さない。そうすると失敗を自分で発見して、次回に活かしていくんです。ここで過ごしているだけで、国語・算数・理科・社会など、生きるのに必要な学びにつながっているんです」。開館から3年が経った。今後の目標を聞くと、土山さんは「よく自分もやりたいという方が話を聞きに来てくれるんですが、資金面につまづいて躊躇してしまう。僕もまだまだ悩みながらやっていますが、今後は全国でこのような活動を広げるお手伝いをしたいです」と話してくれた。

私設図書館もん

本を介して人と人が出会う

八町順子さん
(casa della biblioteca かさでら図書館)

 名古屋市南区、笠寺観音の参道にある「casa della biblioteca かさでら図書館」は、一箱本棚オーナー制度で運営する私設図書館。約90組の本棚オーナーが選んだ本を、読んだり借りたりすることができる。主宰の八町順子さんと坂本直子さんは、名古屋市が主催するまちづくりの講座に参加したことがきっかけで、この地で私設図書館を開くことになった。お話をお伺いした八町さんは、いつかブックカフェやブックバーをやりたいと思っていたのだそう。「思っていた形とは少し違うけど、本に囲まれているだけで幸せです」と八町さんは笑う。本棚を借りているオーナーも個性豊か。「島」や「くじら」などひとつのテーマにしぼって関連する本だけを集めた棚や、同じタイトルの小説を単行本と文庫本をセットにして並べている棚、手作りの小物を本と一緒に展開している棚など、一人一人が工夫して編集している。近隣だけでなく県外から参加している人も少なくないという。また、本棚オーナーの経験をステップに次なる挑戦をする方もいる。「よしかつ歯科」さんはご自身の病院に図書室を作って患者さんが集える場をつくった。「ブタコヤブックス」さんは今夏、同じ笠寺地区で書店を開業する。他にも高校受験の合格祝いに、子どものために棚を借りたお母さんも。お子さんは今春で高校三年生。今では自身で本のイベントを企画しているという。

 「本を介して人と人が出会うのを見ているのが楽しい。毎日、何かが起きるんです。ここで起きたことや聞いた話を、本にまとめられたらと思っています」と八町さん。取材に訪れた日も、近所の親子が本の返却をしにきた。子どもは右腕に包帯を巻いているが、運動ができない分、読書がはかどるのかもしれない。嬉しそうに本を借りて帰っていく。読書離れと言われる現代だが、本を求めている人は確実にいる。それを実感できる場だと思った。

手探りで小さく開く

 名古屋市南区の築70年の古民家スペース「まちのお茶の間 菅原商店」は、2023年の12月にオープンした。運営しているのは、まちづくりや観光に関わる仕事を中心にフリーランスで働いている菅原裕人さん、春香さん。ここはおふたりの事務所でありながら不定期で場を開いており、壁一面の本棚には1000冊を超える本が並ぶ。「最初に利用料(90分800円)をいただいて自由に過ごしていただいています。本を読んだりお茶を飲んだり、日記や絵葉書を書いている人やパソコン作業をしている人もいます。本はありますが、目的を狭めたくないので私設図書館という言い方はしていません。おばあちゃん家のお茶の間みたいな場所だと思ってもらえたら嬉しいです」(裕人さん)。

 春香さんは、6年間勤めた会社を辞めたあと、全国を旅してさまざまな働き方をしている人と出会って話を聞き、自身も複数の仕事をしながら自由に働くことを選んだ。「同世代の友人と話していると、仕事に対する悩みを抱えている人が多いんです。そういう人たちが日常から離れてひと休みできる場所を作れたらと、一緒にごはんを食べる会や、働くことについて話す会も開催しています。私たちもいわゆる会社員とは違う特殊な働き方をしているので、少しでもヒントがお渡しできたら」(春香さん)。

 利用者と話をするときにも本は役立っているという。「この本好きなんですね、と話しかけてもらえたり、お話していく中で、合いそうな本をお薦めしたりすることもあります。本のおかげで深くお話ができていると感じます。目的なく来られた方も、本があれば手持ち無沙汰にならない。本があることで、ここにいていいって伝えることができるんです」(裕人さん)。オープンから1年が経った感触をお伺いすると「まずは自分たちが出会いを楽しみながら、小さく場を開くことを続けていきたいです」と春香さん。「場所もまだまだ育て中ってことで」と笑うふたりには、自分たちのペースで生きていくことを選んでいる人ゆえの、気持ちのよい空気が流れていた。

まちのお茶の間 菅原商店

本はつなぐ

 取材した三組の言葉からは、本が優れた“ 道具 ”として場に機能していることが感じられた。本は人と人をつなぐものであり、人と世界をつなぐものであり、人が自分自身を知る窓でもある。一冊の本から未来へも過去へも旅をすることができる。書店も図書館もない自治体が全国の市町村の15%に及ぶというが、暮らしの中に当たり前のように本に触れられる場がなくなってしまうのは、特に子どもたちや若い人の未来にとって大きな損失である。だが、こうして個人で本がある場を開く人があれば、そこで得た本との出合いが、次の一冊へと手をのばさせるだろう。最初の一歩は小さくとも、きっとその種は風にのって遠くまで運ばれていく。本がある場はきっと、なくならない。

※『子どもたちの放課後を救え!』(川上敬二郎・著)文藝春秋