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大治太鼓尾張一座 打頭
わかやま かず若山 和 さん
「和太鼓」と聞いて真っ先に想像するのは、盆踊りなどのお祭りという方も多いかと思います。和太鼓にはジャンルがあるのをご存知でしょうか。神事として、神様を迎えるために演 奏する「奉 納 太 鼓」、イベントや興行などで演奏する「創作太鼓」。この両方の太鼓のスペシャリストとして、名古屋、尾張地方のみならず、東京や海外でも、舞台、映画や企業のプロモーションビデオなど多岐にわたって活躍中の若山和さんにお話を伺いました。
(聞き手:杵屋 六春)
男子が生まれたら太鼓を買う風習
私は愛知県大治町の出身で、男子が生まれると太鼓を買うという地域の習慣があり、物心がつけばそこに太鼓があるという環境で育ちました。
大治町は、海抜が低く、水害の多い地域であったこともあり、五穀豊穣や住民の安全を祈願して、伊勢神宮や熱田神宮などで奉納されている神楽(神をまつるために奏する舞楽)の流れを受け継ぐ太鼓が、神社のお祭りで演奏されていました。父(若山善之さん)は農業の傍ら、祭りの太鼓を指導する立場にありました。昭和56年、太鼓が好きだった当時の大治町長によって、12の地域でバラバラだった太鼓を、文化活性化活動として一つにまとめようという話が持ち上がり、大治町太鼓教室が開催されました。そして、竹下登内閣が掲げた「ふるさと創生事業」の一環として、江戸時代から伝わる『神楽太鼓』『嫁獅子』の保存・継承を目的とした『大治太鼓保存会』が平成4年に設立されました。初代会長には父が就任し、現在も会長として後進の指導を続けています。今では、『神楽太鼓』『嫁獅子』は大治町無形民俗文化財にも認定されています。そんな環境に育ったため、太鼓を稽古しない選択肢はなく、自然に太鼓を始めることになりました。兄と妹を含む3人兄妹でしたが、兄と妹ももちろん同様で、一家総出で太鼓をしていました。
父の勧めで大江戸助六太鼓へ
父は保存会発足に合わせて、町から町独自の太鼓曲創作も依頼されていました。同じ時期に父は、日本三大太鼓の一つと言われる助六太鼓を継承し、1982年に発足した大江戸助六太鼓の演奏を聞いて惚れ込んでいて、私たち兄弟にこの団体で修業するように言い、四歳違いの兄が高校2年生、私が中学2年生の時、2人で入門しました。大江戸助六太鼓は、江戸時代から伝わる歌舞伎や長唄などを研鑽し、東京の盆太鼓スタイルであった斜め台による打法を創作和太鼓に取り入れた、東京初のプロ和太鼓集団です。当時の自分は、新幹線に乗って東京に行ける! と軽い気持ちで入門しましたが、現実は甘くありませんでした(笑)。まず、それまでの太鼓とは打ち方が全然違いました。プロ育成の団体でしたので、師匠(大江戸助六太鼓宗家の小林正道さん)の指導も厳しく、入門してすぐに手の皮がめくれて手のひらが血だらけになり、合宿に行けば、ものすごい練習量で腕が全く上がらなくなるといった日々が続きました。友人たちは学生生活や部活などで青春を謳歌していたので、「なぜこんなことをしなければならないのだろう?」と疑問を持つようになりました。高校に入学し、自分も部活に入りたいと思い、スキー部に入部しました。部活動はとても楽しく、高校3年生でキャプテンになりました。高校入学当初は、大江戸助六太鼓の他の仲間たちと同様に、学生生活と太鼓の両立のバランスに悩んでいましたが、在学中、大江戸助六太鼓の手伝い演奏の活動が増えていき、こちらは休むことはもちろん許されないため、部活動の方は副キャプテンの助けを借りて、なんとか乗り切ることが出来ました。
舞台での演奏が増えていくとともに太鼓への情熱も高まり、高校卒業後はプロを目指すと心に決めました。当時、ありがたいことに、師匠から「大江戸助六太鼓専属演奏者として入団しないか」とお声がけ
いただきました。しかし、いよいよプロの道へ進もうと思っていた矢先、父に反対されました。大学に進学しなかった父は、自分の子どもたちには大学に進学してほしいと強く願っていました。その思いを汲んで、私は大学進学を決めました。進学後も太鼓を続けつつ、友人もたくさんでき、思っていた以上に充実した大学生生活を過ごすことができました。
念願のプロへの道から後進の指導へ
大学卒業後、再び師匠から「大江戸助六太鼓の専属演奏者にならないか」とお声がけをいただきました。しかし、その頃、大治太鼓保存会の生徒数が増え、演奏活動も活発になってきました。指導者、演奏者の一員として活動していた私が抜けてしまうと大変困った状況になると思い、また家族の希望もあったため、このまま大治太鼓保存会の指導者としての道を選びました。大江戸助六太鼓には特待生制度があり、特待生として大江戸助六太鼓にも参加が許されたので、東京での演奏活動も並行してできるようになったことをとても感謝しています。
映画出演も! 活動は演奏、指導だけじゃない
2000年に保存会の若手指導者7名を集め、新たなプロ集団「大治太鼓尾張一座」を立ち上げました。「日本の太鼓」「あいちトリエンナーレ2010~大祭2010~」「天皇陛下御即位奉祝・愛知県民祭典」など、様々な大舞台で演奏する姿を保存会の子どもたちに観てもらい、自分たちもプロ奏者になりたい! と憧れの存在になれるよう、座員一同で日々研鑽を積んでいます。次世代の演奏家育成は大切な課題と捉え、義務教育で太鼓を体験できる方法を模索するなど裾野を広げる活動も進めています。
大友啓史監督の太鼓好きがご縁で、2023年には木村拓哉さん主演映画「レジェンド&バタフライ」に出演し、太鼓演奏もしました。色々なシーンで太鼓の演奏が流れ、タイトルバックのクレジットに自分の名前を見つけたときは感無量でした。
また、2024年にNHKホールで開かれた「第24回地域伝統芸能まつり」に出演する際には、プロデューサーから「伝統芸能を保存継承しているだけでなく、創作太鼓も兼ね備えた演奏を全国の視聴者に知って欲しい」と依頼され、自身や一座の活動を認めていただけたことを嬉しく思いました。さらに、トヨタヴェルブリッツ(ラグビーチーム)のプロモーションビデオで、イメージキャラクターの雷神に扮して太鼓を演奏していますので、ぜひ検索してご覧いただけると嬉しいです。
~インタビューを終えて~
若山さんにとって「太鼓とは」の問いに、「人生を華やかにする宝です」と答えてくれました。太鼓の音色は、町や人の心を元気に、華やかにしてくれます。元気をもらいに演奏会に出かけてみてはいかがでしょうか。
