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随想

ILL TOKAI UNDERGROUND 主宰

やしろ まさや

八代 将弥

2010年より演劇活動を始め、「視点」「狭間」「遊び」をテーマに演劇を創作。脚本家、演出家としてジャンルを問わず依頼を受けて活動。人間の表裏を描く脚本と、俳優の個性を際立たせる演出を得意とする。劇作家協会東海支部が創設した東海圏初の俳優賞である「俳優A賞」の第1回受賞者。2024年に名古屋市文化振興事業団第40回芸術創造賞を受賞。

文化や芸術について

 名古屋を拠点に脚本、演出、俳優をしているILL TOKAI UNDERGROUNDの八代将弥です。「文化」や「芸術」について徒然なるままに書き連ねてみようと思います。

 私は令和6年の秋現在38歳で、演劇はかねがね15年程やっています。これまで自分のやっていることが「文化」であるとか、「芸術」の一端であると実感したことは一度もございません。そんな風に思うことが小っ恥ずかしいのです。ましてや、自分のやっていることが「芸術」だと口にしようものなら、周りにクスッと笑われてしまうのではないかと考えると恐ろしくて、そんなふうには決して思わないように、積極的に遠ざけているところもあるのかもしれません。また「文化」や「芸術」という言葉はどこか高尚なイメージがあり、私のような遊び感覚で演劇をやる者としては、触れ難い言葉でもあります。私なんぞが「文化」をやり、「芸術」を名乗った瞬間、私の創作フォームは崩れ、私の理想とする演劇は舞台の上から消え、二度と姿を現さないのではないかと思うほど、「文化」や「芸術」とは“デンジャー”な存在だと感じています。

 しかしながら、人様に「文化」とか「芸術」として認識してもらえる分には、満更でもない、というより、ちょっと言ってほしい気持ちすらあります。つまり私にとって「文化」や「芸術」とは他者に伝播し、他者によって伝播されるものなんだろうと思います。私のように、演劇を遊びとして捉え、ユーモアを含むものを目指す創作が「芸術」なんて言ってもらえたり、演劇「文化」の一つとして受け取ってもらえたら、私としては最高です。そういうものを私は創りたい。と同時に創れなくてもそれはそれでいい。…ということも含め、「文化」や「芸術」として認識してもらえたらいいなと私は思います。

 演劇を長く続けていると、私のような軽率な人間でも、幸運なことに、人に褒めていただけたり、賞をいただけたり、このように執筆依頼が来たりということがあるわけです。本来ですと、博学ぶりを披露したいのですが、持ち合わせていないので無理です。だから恐縮しつつも同時に、こういう私みたいな奴を面白がってくれたりする側面があるのが「文化」や「芸術」だとも、やはり信じたい。

 難しいことは難しいことができる人に任せる。私は私のフォームで、誰かに、何かを伝播させ、私を含め、誰かを肯定したい。それでは、劇場でお会いできますよう。