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歌人

のぐち あやこ

野口 あや子 さん

短歌と共にどこまでも

 野口あや子さんは東海地方を拠点に活動されている歌人。19歳で短歌研究新人賞を、23歳のとき第一歌集『くびすじの欠片』で現代歌人協会賞を、どちらも異例の若さで受賞され鮮烈なデビューを果たしました。その後も音楽や映像等、他ジャンルとのコラボレーション、AIや歌舞伎町のホストが短歌を詠むプロジェクトへの参加、オンラインでの短歌レクチャーや大学で教鞭をとられるなど、短歌シーンを牽引されています。

(聞き手:黒田 杏子)

図書館に通った幼少期

3歳頃の野口さん

 私は岐阜県岐阜市の出身で、田んぼに囲まれて育ちました。近所に本屋はなかったのですが、父も本が好きで、幼稚園の頃から図書館に通っていました。いつも貸出冊数の上限いっぱいまで本を選んで、足りないときは父の分まで借りたりしていましたね。今思えば早熟な子どもで、小学校高学年の頃は、山田詠美や江國香織の小説を読んでいました。一番夢中になったのが、“エロい本”が読みたくて(笑)、たどり着いた瀬戸内寂聴の『女人源氏物語』でした。当時から何かを書きたいという気持ちはありました。小学校6年生の時には、文通相手に自作の漫画をコピーして送っていましたね。それがなかなか社会派の漫画で、ネパールの「少女神クマリ」信仰から着想を得たものでした。邪馬台国の卑弥呼が生き神だったという設定で、心を失ってしまった卑弥呼が近未来から来た男の子と出会うことで、だんだんと感情を取り戻して、真の女王になっていくという物語でした。

短歌との出会い

 中学生の時、父の本棚で俵万智さんの『サラダ記念日』を見つけて、自分もこういうものを書きたいと思いました。その頃、私は自身の悶々とした暗い気持ちを日記と詩に書いていましたが、際限なく延々と書けてしまうんです。でも、短歌には五七五七七という枠がある。それが自分の気持ちの整理をするのによかったのかもしれません。

 高校を中退して暇になり、短歌雑誌に載っていた岐阜の結社「幻桃短歌会」に電話をかけて、それまで書き溜めていた短歌を持っていきました。当時、代表を務めていた松村あや先生は優しくてきっぷのいい方で、定期的にケーキを食べながら私の悩みを聞き、短歌を見てくれました。結社では、私の次に若い方が65歳でした。先輩方が「この子は伸びしろがあるぞ」と目をかけてくださって「描写に落とし込む」とか「定型を守る」とか、いろいろなメソッドを教わってガンガン書いて。短歌研究新人賞を受賞した連作「カシスドロップ」は皆さんに育てていただいた賜物だったと思います。その後「未来短歌会」にも入会し、加藤治郎先生に師事しました。最初の頃に「野口さんは長距離ランナーだよ」と言われたのを覚えています。だから多分あまり構えずに、長く続けられたのかもしれません。他のことをやっていても、まあこれを歌に詠めばいいかと思えるんです。

 短歌研究新人賞と現代歌人協会賞の受賞の際、年齢で話題になったことについては、やはり少しアンビバレントな感じはしていましたね。それを売り物にされるのは嫌だなと思ったし、でも貴重なタイトルだなという気持ちも両方あって。やっぱり「若い感性を期待しています」と言われると、じゃあ技術で返そう!みたいな、負けん気はありましたね。

 大学は、愛知淑徳大学の文化創造学部(現:創造表現学部創作表現専攻)に進みました。シナリオや批評、広告など、さまざまに「書く」ことを学ぶ学科でした。本当は短歌をやる気で入ったんですけど、未来短歌会の加藤先生が「せっかく大学に行くなら他のこともやったら」とおっしゃられたことに触発され、3年生からは小説家の諏訪哲史先生のゼミに入りました。諏訪先生が担当していた「小説表現史」の授業が
すごく面白かったんです。小説は今も練習をしています。私は、基礎を固めるというのを大事にしていて、短歌もまず、描写、定型感、字あまり・字足らずの必然性など、基礎をしっかり叩き込まれたんです。基礎がないまま自由気ままに書いても、結局、短距離ランナ―になっちゃう気がするんですよね。

東広島イノベーションラボミライノ
「五七五七七で学ぶ『こころ』の掴み方」講師(2021年)

短歌を世界に届けたい

 私は、以前より短歌を海外に広めたいという願いを持っています。2016年、フランスのパリとリヨンで短歌を朗読した経験から「コンビニ」とか日本人にしか通じないことを歌ってもつまらないなと感じました。もっと普遍的なテーマを歌おうと思って詠んだのが、第4歌集『眠れる海』でした。以降も、海外に行ける技術やタイミングを得ようと、着物を着たり、和歌のことを勉強したり、短歌のことを説明したりコミュニケーションがとれるように英語の勉強を続けています。2023年には、歌人で和歌研究者の御手洗靖大さんと一緒に、台湾でパフォーマンスをしました。2024年の春にも、欧州と日本のアーティストを繋ぐイベントに参加してアピールしてきました。

『眠れる海』朗読ライブ(2017年)
台湾詩節祭にて御手洗靖大氏とのパフォーマンス(2023年)

 最近はラップにも挑戦しています。きっかけは、雑誌『現代詩手帖』に掲載された都築響一さんと佐藤雄一さんの対論「ヒップホップというリアル」でラッパーの TOKONA-Xが引用されていて、バースが五七調でできているというところで興味が湧いたことです。今は、路上でサイファーをするチームにも参加しています。10代・20代が中心で、私と同じく学校に馴染めなかったりしている人も多い。20歳くらい年の差はありますが、私は不登校の経験者として伝えられることもあるし、チームのメンバーからはラップの技術を教えてもらえます。今度、ラップバトルのイベントにも出るんですよ。バトルはリスペクトを込めてディスる(批判する・けなす)というのが基本で、それは短歌の批評にも共通する感覚です。批評はテキストと向き合ってやることだから、批評がないということは、ディスもないしリスペクトもない。批評とディスは似ていると思います。

短歌の現在

 私が始めた頃より、現在の短歌の世界は明るくクリアな感じになったなと思います。ただその分プレーヤーが大勢いるので、その中で、自分がどうしていきたいかという悩みを抱えている人が多いかもしれません。でもみんな願望に忠実になりましたね。歌集の帯文は誰に書いてほしいとか、短歌で憧れの人と何がしたいとか、どこの雑誌で書きたいとか。それは、私にとっては居心地がいいことです。

 今後やってみたいことは、短歌と和のプロダクトを創ることです。「お香と短歌」とか「着物と短歌」とか。相性よさそうですよね。また、私は名古屋ゆかりの歌人、春日井建さんの研究をしているのですが、春日井さんの歌集『友の書』のような、いろいろな関係性を描いた歌集を出したいと思っています。私の作品は、特定の“誰か”への想いを詠んだものが多いので、すべて恋愛の歌と捉えられがちなのですが、実際にはそうではありません。恋愛や友情といった枠には収められないような、多様な人と人との間にあるものを書きたいと思っています。

『くびすじの欠片』野口あや子・著(短歌研究社・刊)
現代歌人協会賞を受賞した第一歌集。短歌研究新人賞受賞作
「カシスドロップ」を含む311首が収録されている。2024年文庫化。