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画家
したら りく設楽 陸 さん
タネリスタジオ、アートの共同性を求めて
「国際芸術祭あいち2025」では、瀬戸市のまちなかが会場のひとつとなっています。その瀬戸市には若いアーティストが集まり、共同で運営するアトリエ「タネリスタジオ」があります。スタジオの代表を務め、この活動の中心にいる画家・VRアーティストの設楽陸さんにお話しを伺いました。
(聞き手:鈴木 敏春)
-タネリスタジオの始まりはいつですか?
タネリスタジオのプロジェクトは 2016年から準備が始まり、2017年にオープンしました。気がつけば、2027年には10周年を迎えます。現在、活動しているアーティストは12人。10周年には記念展をやりたいですね。タネリスタジオは、オルタナティブスペースやアートコミュニティのような形。最初は、 アーティストの自主的な情報発信を控えて、少しブラックボックス的な、制作に集中できるスタジオにしようとしました。制作に集中なんてアーティストにとって当たり前のことですが、そこのベースを忘れやすいんです。焦りますからね。「発表しないと、早く売れないと…」って。アーティストは、それで過剰に情報発信やイベント、展覧会をやって疲弊して短期で終わってしまうことも多いので。でもスタジオに籠るだけでなく作家同士が交流し、つながる場所にもしたいという思いがありました。僕がスタジオを始めようと思った理由も、みんなと集まって助け合いながら何かをやっていきたいという気持ちがあったからです。
アーティストというのは、一人で孤独に向き合いながら制作するものだという意識が、大学時代から自然と刷り込まれていました。美術大学という場所自体が、意外に少しマッチョ思考なところもありますからね(笑)。僕は大学卒業後、美術館の展覧会に参加したり、展覧会レビューを見たり、20代でいろいろな経験を積むことができました。でも、その後がすごく厳しくて。孤独で、単純にお金がない。生活が苦しいという現実に、何度もぶつかりました。最初は「孤独でもバリバリやれる。それがアーティストだ」と思っていたのですが、これは間違いでした。実際には、孤独だからといって、良い作品が生まれるわけではないし、辛い状況にあるからといって、それが創作の糧になるとは限りません。
アート系のメディアにもたくさん出た時期はあったのですけど、あまり生活は変わりませんでした。結局、バイト生活が続き、孤独で、余裕のない日々。そうした状況の中で「このままでいいのかな?」とすごく悩んだ時期がありました。メンタルも不安定になり、経済的な余裕もない。結果的に、作品が思うように生まれず、「病んだ作品」になってしまって、何が正しいのか、自分の中でクオリティの判断すらできなくなっていました。
ちょうどその頃、タネリスタジオの副代表である植松ゆりかさんも、同じような悩みを抱えていました。植松さんはアーティストとして活動しながら、別の仕事で生活費を得ていたのですが、ハードワークのため心身の負担が大きかったようです。そのため、仕事を辞めて陶芸の職業訓練を受けるため瀬戸市に拠点を移すことになり、 ちょうど始まった同市の空き家対策に登録されていた物件を紹介してもらったことをきっかけに、「タネリスタジオ」の構想が始まりました。この場所は、もともと電気屋や眼鏡屋として使われていた建物で、8~10年ほど空き家状態が続いていました。3階建ての大きな建物だったので、借り手が見つからず、大家さんも困っていました。そこで、この建物を借りて共同スタジオとしてスタートしたのが「タネリスタジオ」です。
自分たちの手で空間を設計し、それぞれの制作スタジオとして改装しました。現在は、カフェやアートギャラリー、事務所として活用しています。空き家から複合的なスペースとして生まれ変わり、アーティストの主体性・自主性・地域性を軸にコミュニティの場を創造することを目指しています。
-設楽さんは、いつも爆弾を描いていますね。 何かこだわりはありますか?
爆弾のモチーフは、僕が子どもの頃に流行ったテレビゲームからきています。子どもの頃は体が弱く、喘息を患っていたため、日常生活を送るのも辛い時期がありました。発作が起こるのを避けるために、体育の時間に一人だけ図書館に行って絵を描いたり、歴史の本を読んだりしていました。歴史の本にはルネサンスや戦争画など、様々な絵画が多く掲載されていて、そこから想像力を膨らませ、自分なりにスケッチして遊んでいました。
当時は、親からテレビゲームを禁止されていたこともあり、ノートに自分の考えたゲームの世界を描いて、鉛筆でプレイするという孤独な遊びをしていて、 そんな少年時代の中で、色彩やドット感のあるゲームの世界と歴史の絵が、自然と融合していきました。中でも「爆弾」の形は、特に印象に残っていました。ボンバーマン(※)のような丸い形は、一目で「爆弾」と分かる。ゲームが好きな人には、ボンバーマンが元ネタだと話すのですが、丸い形は世界中どこでも「爆弾」として伝わる共通イメージなんですよ。調べてみると、ヨーロッパでも風習として丸い形の爆弾が描かれており、歴史的なルーツもあるようです。
最近、VR を使ったワークショップを日本やメキシコで開催したのですが、子ども達の表現には大きな違いがあり驚きました。日本では、アニメや漫画のキャラクターを描く子が多いのに対して、メキシコでは身近な家族や庭の花、近所の池など、身近な日常を題材にする子が多いんです。日本もメキシコもアニメや漫画は普及していて、スマホや動画に慣れ親しんでいるはずなのに、表現の方向性に違いがある。この差は何なのだろうなと考えさせられます。
-メキシコではどのようなことを感じましたか?
メキシコでは、瀬戸市にもゆかりのある画家・北川民次(1894~1989年)の足跡をたどる機会がありました。また、メキシコの都市タスコやグアナファトで、VR のワークショップを行い、現地の子どもや若者と交流しました。VR は仮想空間とリアルの風景を重ね合わせることができます。外の風景を見ながら仮想空間のスタジオで絵を描く。昔の印象派が野外にイーゼルを持って出て絵を描いたように、VRスケッチを海外でやったら面白そうだと思いました。
VRゴーグルがあれば、どこでもスケッチやパフォーマンスができます。タブレットに繋げばライブ配信も可能です。海外の展覧会へ出品するときも、通常の作品は高額な輸送費が掛かりますが、VR で制作した作品であれば現地の印刷会社で出力することでコストを抑えられます。従来は、目の前にある1つの作品をどれだけの時間で仕上げるかが勝負でした。リアルな絵が一点主義なのに対して、VR では作品を大量に制作し、手軽に出力できる点が魅力です。クオリティは全く同じで、大小さまざまなサイズの作品ができます。複製やSF も好きなので、いろいろな次元で展開できるVR での表現に新たな可能性を感じています。
- ※ボンバーマンは、1985年に制作された爆弾を使って相手を倒す人気アクションゲーム。
