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1年をふりかえって
演劇

編集者・ライター 小島 祐未子 さん

 少年王者舘の天野天街が複数の舞台を演出する中、圧倒的な出来栄えだったのが「りすん」。芥川賞作家・諏訪哲史の小説を天野の脚本・演出で舞台化した「りすん」は2010年の初演でも反響を呼んだが、新キャストで再創作した今回、脚本はほぼ変わっていないのに後味が大きく異なり驚いた。

 主人公は病床にいる朝子と、兄妹同然に育った隆志。原作は「小説とは何か」を問うメタフィクションなので、二人の会話を盗み聞き、書き記す=作品化している存在が浮かび上がってくると、天野一流のメタ演劇の濃度も増していく。終幕、朝子は病室=舞台を飛び出して客席に出現! それは死からの逃走であり作品からの逃走だと見た。一方、隆志が舞台に取り残される姿も印象深い。彼は諏訪の分身であろうが、作者の諏訪が自ら仕掛けた作意の檻に放り込まれたようで、その反転の構図が恐ろしかったのだ。

 刈馬演劇設計社「フリーハンド」は表現の自由を主題とする意欲作だった。刈馬カオスは常に社会性の高い題材と果敢に向き合ってきたが、同作は彼にとって最も切実な問題だったはず。ところが、今までにないほど筆が軽妙で、時にユーモラス。創作への政治的介入と演劇祭の実現を巡る物語は、結末の読めない上質な会話劇に仕上がっていた。

 喜劇のヒロイン、劇団サカナデ、老若男女未来学園という若手劇団による合同公演「吉報vol.1『こぼす』」は予想を上回る収穫があった。3編それぞれの異なる作家性に魅了され、俳優陣も達者。今後も追いかけたいと思わされた。

地域公共劇場連携事業「りすん」
(9月17日~18日 三重県文化会館小ホール
9月23日~24日 名古屋市千種文化小劇場)

 そして、名古屋はもちろん日本を代表する劇作家、北村想に様々な感情を抱いた1年。まず、北村の新作を定期的に上演してきたavecビーズが最終公演を敢行。大規模なプロデュース公演「ケンジトシ」「シラの恋文」で全国的にも話題を集めた北村だが、avecビーズでは小劇場らしい実験性を見せてきただけに淋しい。ただ、演出家の加藤智宏が北村の未発表戯曲を発掘し、上演したperky pat presents26「白い砂の少女」は、思いがけない出会いでもあり興奮した。

 劇中には天文学や数学、少年少女、テキ屋…など北村らしい要素にあふれ、それらが小難しいやり取りやナンセンスな掛け合い、ひどい下ネタ、詩的なフレーズとなって乱反射する。今になってみると、防災や戦争にまつわる会話は予言めいた意味でも怖い。そんな世界を加藤は、円形舞台とパラソル1本のみの美術で象徴。極めてシンプルな空間に北村の言葉を浮遊させた。また4人の俳優も抑制の効いた演技で役柄と対峙。キャスト、スタッフそれぞれの作業に潔さのような美が宿り、不思議な感覚で満たされた。

 23年は中区にメニコン シアターAoiが開場。東西の劇団や話題作が次々とやってきた。その一環で「ナビイチリーディング×シアターAoi」が行われたのは重要。これは日本劇作家協会東海支部の育成プログラムを通じて両者が組んだ公演で、同劇場が鑑賞事業にとどまらず、当地の演劇文化の発展にも寄与していく姿勢がうかがえた。

perky pat presents26「白い砂の少女」
(11月23日~26日 七ツ寺共同スタジオ)