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1年をふりかえって
文学

文芸評論家・愛知淑徳大学教授 清水 良典 さん

 2023年の中部ペンクラブ文学賞は、長年熊野を拠点に作家活動を続けてきた中田重顕の『悪名の女』が圧倒的な存在感を示して満票で受賞した。熊野山中の林業労働者のための山小屋で寝泊まりして炊事をする「カシキ」を務めた女性の一代記である。幼いころ、旧満州で侵攻してきたロシア兵に日本人女性が暴行される現場に立ち会ったことが彼女のその後の人生を狂わせた。しかもその悲劇は、自警団長を務める父がロシア軍に守護してもらうために差し出した人身御供だった。女性の性的受難というだけでなく、国家間戦争の政治的な犠牲という側面が明らかとなる。差別や偏見を受け続けた88歳になる女性の過酷な人生を、文学的な尊厳の光で照らした秀作といえよう。これまで戦争の犠牲者や大逆事件に関わった無名の民衆を取り上げてきた中田の集大成というべき作品だった。

 また雑誌『追伸』で連載されていた劉永昇のルポルタージュ『関東大震災朝鮮人虐殺を読む』(亜紀書房)が刊行された。タイトルに「読む」とあるだけに、同時代の作家や各紙誌の記事をつぶさに取り上げ、冷徹に読み解いた労作である。井戸に毒を入れたといった在日朝鮮人へのデマや中傷を共有した日本人が「正当防衛」意識を作り上げ、白昼堂々と虐殺を遂行した「合理化と受容」の心理的な経緯だけでなく、彼らの潜在意識の「イド」の怪物が噴き出た背景を明らかにする。さらに近年もまた同様のデマが飛び交う日本の残念な現実を付け加える。日韓・日朝関係が冷え込むなか、今後も著者の活躍は続きそうである。

 毎年のように紹介してきた吉川トリコの長編小説『あわのまにまに』(KADOKAWA)は、著しい著者の成長を告げる力作であった。近未来の2029年から10年ずつ、1979年まで遡っていくという構成の試みによって、仲の良い二組の家族の封印されてきた秘密が徐々に明かされていく。そこには表向きには「ふつう」の家庭生活を作り上げながら、同性への愛をいびつな形で貫いてきた複数の人生があった。友情と愛情のあわいとねじれが、複雑なパズルのように組み込まれたハードルの高い小説である。読者にとってもハードルは高そうだが、読む歓びを味わうことができる。

 2024年のNHK大河ドラマ「光る君へ」では紫式部が描かれているが、奥山景布子の『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)は、式部がママであるバーを舞台に、式部や道長だけでなく、花山天皇や清少納言などゆかりの人物たちが次々に登場して、裏話を披露する痛快なエンターテインメントである。また『フェミニスト紫式部の生活と意見』(集英社)は、保守的な古典文学研究の世界で悩みながら博士号をとった著者の、フェミニズムからの本音の発言が存分に盛り込まれている。

『関東大震災朝鮮人虐殺を読む』劉永昇
亜紀書房
『あわのまにまに』吉川 トリコ 
KADOKAWA