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1年をふりかえって
文学

文芸評論家・愛知淑徳大学名誉教授 清水 良典 さん

人間六度・著
『推しはまだ生きているか』/集英社

 この地域に限らず地方の文化状況は年々地盤沈下が進んでいる。不景気を背景に有名な書店の閉店が相次ぎ、新聞や雑誌など紙のメディアも衰退の一途をたどっている。しかしこれはあくまで紙メディアを見た観測であり、ネット情報はいよいよ複雑巨大化し、SNSが社会コミュニケーションの中核となっている。あらゆる表現文化はそのような情報メディアの変化にアップデートできるか否かで、存続の命脈が決まるといってもいい。もろにその影響が顕れているのが文学である。

 ここでは若い世代の実例として、1995年名古屋市生まれの現在大活躍中の作家、人間六度を紹介しよう。大学生のときに発症した白血病から立ち直った彼は、21年に「スター・シェイカー」(ハヤカワ文庫)でハヤカワSFコンテスト大賞を、同年「きみは雪をみることができない」(メディアワークス文庫)で電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞し、昨年は短編集『推しはまだ生きているか』(集英社)を刊行した。ひと口に作家といっても彼は漫画原作やノベライズ、ゲームやヴァーチャル楽曲とのコラボなども積極的にしていて、別にそちらが「副業」というわけではない。つまり小説と他ジャンルとの間の垣根が低い、というよりほとんど地続きにアーティスト同士が交流しているのである。名古屋市も、今後はそういう世代の文化に目を向けて振興を応援する必要があるだろう。

『砂の本』山口馨
装幀・装画 毛利一枝

 地域の文学に話題を戻そう。第37回中部ペンクラブ文学賞(以下、中ペン賞)の受賞者は、小森由美の「忘れ雪」だった。急病で母親を亡くした大学生の青年が、山形の母の実家へ心を休めに行き、雪に閉ざされた厳しい自然の中で縁者の優しさに触れて次第に立ち直る物語である。近親者の死を描く小説は数多く書かれているが、この小説はその欠落が若者の心をむしばむ経緯がじつに繊細に描かれている。それが昔戦争で兄を失った曽祖母の体験談とも連動して、世代を超えたスケールの大きな死の受容のテーマを浮かび上がらせている。小森の最新作「爪を切る音」(『弦』116号)も、夫に先立たれた女性が葬儀社の司会の仕事で、たまたま30年前に知り合った男と再会し、交際を始める作品である。喪失を抱えた熟年の心の機敏を掬い取る手腕は変わらず鮮やかだ。

他の同人雑誌掲載の小説では、北川朱実の「深夜保健室」(『文芸中部』126号)を挙げたい。北川は詩人として活躍中だが、小説も達者である。都会の繁華街に開業した個人経営の薬局の女性店主が、底辺で働く若者たちの愚痴や悩みに耳を傾け、ときには食事を振舞い、ジャズの名曲とプレイヤーの人生を語って聞かせる。そんな交流が薬局を雑踏の中の小さなオアシスにしていく物語である。

 なお最近のニュースとして、中ペン賞の2017年受賞者である山口馨が、受賞作「駑馬」を含む作品集『砂の本』(鳥影社)を刊行したことを紹介しておく。地方でコツコツと純度の高い小説を書き続けた努力の結実である。