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1年をふりかえって
能楽

椙山女学園大学教授 飯塚 恵理人 さん

 今年はコロナ禍の影響は残るものの、名古屋能楽堂には催しが戻り始めた。印象に残った舞台を挙げる。「名古屋能楽堂三月特別公演」(3月6日)は本田布由樹の〈御裳濯(みもすそ)〉。本田の御裳濯川の謂れを語る謡は、切れの良いうちに興玉神の化身らしい厳かさと力強さがあった。後場の神舞もあざやかで佳かった。

「名古屋能楽堂三月特別公演」〈御裳濯〉(撮影:工房円)

 同じく「名古屋能楽堂十月定例公演」(10月22日)は野口隆行の狂言〈八幡前〉。陽気で人が好い男を無邪気に演じた野口の好演が光った。能は松井彬の〈蝉丸〉、ツレの蝉丸を勤めた長田驍の謡は抑えた調子ながら宮らしい上品さがあった。松井は蝉丸と再会する場面の謡が、特に皇女らしい気品に満ち溢れていた好演であった。

 「名古屋金春会」(11月6日)。本田光洋の〈頼 政〉は、辞世の句の謡が諦観を込めた文武両道の老将の最期にふさわしく、師の健在ぶりを示した一番であった。〈室君〉はツレ室君の金春飛翔の神楽が、しなやかさの中にしっかりとした強さがあり、めでたさにあふれていた。シテ韋提希夫人の金春穂高の中之舞も厳かで美しかった。

 尾張国萱津宿(かやづしゅく)が舞台である古能「不逢森(あわでのもり)」(11月12日)が復曲初演された。シテの娘を演じた加藤眞悟は萱津宿の主(奥津健太郎)とのやり取りに父を思う心情がしっかりと伝わり佳かった。ワキの父親の安田登も娘を失った哀傷の表現が素晴らしかった。梅若研能会のメンバーが主力の、質の高い復曲であった。

 佐藤友彦と久田勘鷗が創作した新作能「裁断橋(さいだんばし)」も名古屋能楽堂で初演された(12月9日)。これは東海道熱田宿の川にかけられた裁断橋の伝承に基づいており、橋の擬宝珠(ぎぼし)に刻まれた橋の寄進者・堀尾金助の母の銘文は有名である。前場、金助の母の霊の久田三津子は、戦わずして死んだ金助の無念をしっかりと語った。後場は堀尾金助の霊が妄執で苦しむ様を見せ、母共々にワキ僧(飯冨雅介)に回向を頼み、念仏を唱えつつ消えていくという筋であった。金助の霊は橋掛かりで、母の霊は舞台でと場所を隔てて相舞をする演出もなされた。佐藤作の詞章も素晴らしかったが、久田の演出も効果を上げた好演であった。

 最後を締めたのは「名古屋宝生会特別公演」(12月25日)。内藤飛能の〈歌占〉は「染色とは」以下の謡に信心の深い神官らしさが殊に表現されており、地獄の曲舞も激しさと美しさの共存する好演であった。衣斐愛の〈松風〉もシテの謡、特に「三瀬河絶えぬ」以下が死後も忘れられない行平への思慕を切なく伝えるものであった。

 来年は市内各所の薪能などの復活にも期待している。

新作能「裁断橋」(撮影:工房円)